「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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山本 聖子 (やまもと せいこ)

<経歴> 1953年、長野県生まれ、神奈川県川崎市在住。日本現代詩人会、横浜詩人会、各会員。詩誌「潮流詩派」「流」「コールサック」などに参加。詩集『カミナリピラフを』、『砂の祝祭』、『三年微笑』、『宇宙の舌』、詩論集『社会性の座標』。

<詩作品>


ループ



二月初旬の 仕事帰りで急く歩みを
自宅近くの小さな赤信号で止められた 
前に 塾帰りの小学生の自転車が並んでいる


〈死にたくなっちゃったの?〉
ふいに耳に入ったひとりの問いかけ
うなずくもうひとつの背中
 


 こんな瞬間だ 信号は変わらず
 おおきな翼が頭上を掠めたかのように
 世界の明度が落ちてしまう


一日に 中学入試の開始が報道されていた
もう 結果があらかた出そろったころだったか


車が減速するタイミングで 
肩を落としていた子が
〈苦しまずに死ぬ方法があるとい……〉
最後まで聞き取れないうちに 自転車は動く
 


 こんな瞬間だ 横断歩道を渡る数歩で
 風雨が生を簡潔な骨格にするかのように
 世界が本質をさらしてしまう


遠ざかる背中 わたしにはとても追いつけない
加速して光りだす輪だけが目に残って
 

 こんな次のひと呼吸に迷う夜にも
 すべてを貫く時間軸があり
 誰もが地にまみれたり 
 空を仰いだりを繰り返す


だから進むしかない
光の輪が 
くらい角を曲っていく




五文字の言葉



三月初旬の歩道には やわらかな陽がさし
下校途中の小学生の背を照らしていた
高学年らしい三人組のひとりが
道を渡ろうとしていた青年に何やら声をかける
五文字の言葉
青年はすこし驚いたふうで
あわてて何か言葉を返しながら通りを越える
一瞬の沈黙ののち 三人が大きく笑い声をあげた


弾けかたにわずかな違和感を覚えながらも
わたしは急ぐ足をゆるめずに
三人の横を過ぎようとしていた
そこへも投げかけられる 
五文字の言葉


そうか わたしは合点する
 実験してるの?
小学生はニヤニヤしながらつつき合い
 見抜かれてるぞ!
どうやら 見知らぬ人への
挨拶の効果をためしていたらしい


三人組はそのあとも声をかけつづけ
駅前通りにはあちこちで
かすかな波紋が起きていったが


 それは 思い返せばあの揺れが来る
 ほんの数日前の午後のこと


テレビからCMが消え
代わりに繰り返された〈魔法の言葉*〉
エンドレスでからみつく五文字に音をあげたとき
前触れのようなその日の記憶がよみがえる


すでに試されていたのだ 
笑えるか 許せるか
何より 信じるに足りるか と


今でも五文字の言葉をきけば
あのリズムと違和感が問いかける
〈こんにちは〉
 言葉は可能でしたか と
         

*公共広告機構の制作した道徳的なCMのひとつ 
 震災後に大量放映された


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